| ペットと夢ここち | ||
初恋 |
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恋 |
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| 私の初恋 | ||
| 人は、人を愛し、それで優しさを学ぶと思う。 愛こそが、人を育てるような気がする。 そんな、恋それが初恋なのかもしれない。 恋は、見返りを求めない、無償の愛のような気がする。 |
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初恋。 それは、初めて人を好きになった事を意味するのだろうか? それとも、両思いになったことを意味するのだろうか・・・? 私が経験する初恋とは、両思いになった事を初恋と思いたい。 私が始めて、心がドキドキして浮き浮きして、彼の仕草、文字、顔、全てが好きだった! 初めてのキッカケは、高校の夏休みにお好み焼き屋さんで、友人と2人でアルバイトをしていた。 そこに、毎日同じ年代と思われる男子が毎日5人位で来た。 私は、その団体が大嫌いだった。 理由は、床に水を捨て「お冷ください」と何度も言うことだった・・・・。 彼ら達が来た時は、とても憂鬱だった。 だから、目を合わせたこともなかった。 夏休みも終わる頃、レジのおばちゃんに一枚のメッセージカードが届いていた。 レジのおばちゃん「さっきの男の子の一人が、あなたにこれを渡してくださいと言って預かったよ」 と言うことだった。 そのカードには、「電話か手紙を待っています」と住所と電話番号、名前が記されていた。 住所は岡山県倉敷市だった。 私は、ほとほと馬鹿にされているとその時思った。 だって、福岡のお好み焼き屋さんに毎日来ていた人が岡山だとは、到底信じられなかったからだった。 ますます怒りは絶好調に達した。 それから、月が経ち、年末を迎えることとなった。 部屋の大掃除をしているときに、そのカードが出てきたのである。 あの時の怒りとは裏腹に、何だか面白い気持ちになった。 きっと、岡山なんて、絶対に嘘! 返事が来るのを期待もせず、冗談半分に年賀状を書いた。 それも、ハガキの中心にとっても小さな文字で「あけましておめでとう」 とその一言だけ書いた。 すると、とても綺麗な字で便箋5枚の誠実な手紙がきたのだ。 私は、ビックリした。 その手紙には、岡山にいた友人が福岡に引越しをしたために、夏休みを利用して遊びに来ていたこと。 私がバイトするお店に入って、私の事が気になって、友達に頼んで毎日通ったこと。 等々が綴られていた。 彼の、誠実な美しい文章に惹かれて、返事を出した。 それから、1歳年下の彼との文通が始まった。 彼の文章は、いつもロマンチックで素敵だった。 そして、お互いに写真の交換をした。 彼の写真を見たけど、顔を殆ど見ていなかったので、彼の顔は全然記憶になかった。 しかし、その写真に写る彼はとてもハンサムだった。 その頃、私は高校で体操部のキャプテンをしていた。 夏休みに、倶楽部の旅行計画が持ち上がった。 私は、旅行場所を倉敷と決めた。 計画を立てる。スケジュールを決める。全て、私がやった。 宿泊はユースホステル。 引率の先生3人。 私は、顧問の先生に、彼の話をした。このユースホステルに彼を招いてもいいかと・・・。 先生は軽くOKをしてくれた。 そこに、1歳年下の彼がやってきた。 その時に、いわいる初対面となった。 彼は、写真で見るよりとても素敵だった。 サッカー部のキャプテンをしていて、ゴールキーパーをしていた。 部員の皆と先生と彼とで、ゲームをして遊んだ。 次の日、鷲羽山で海水浴だった。 彼は、岡山名物の桃を2箱差し入れて持ってきてくれた。 ご両親の気配りだったようだ。 今思えば、当時の先生はとても理解があったように思う。 きっと、今の時代では考えられないことだと思う。 おまけに、先生は、彼の両親にお礼の電話を入れていた。 それからも、私たちの文通は続いた。 私が大学に入った夏。彼に会いに行きたいと両親に話をした。 そしたら、以外にもOk! 「ええぇ??」厳しい両親のその言葉に拍子抜けをしたのを記憶している。 しかし・・・・ そこには、ある条件があったのだ。 両親が同行すると言う事だった。 それから、大学の夏、彼に会いに倉敷に両親と共に向かった。 行った先は、彼の自宅だった。 うちの親は、おみやげに有田焼の壷を持っていっていた。 彼は、その当時バイク750(ナナハン)に乗っていた。 親は親同士で、話していたようだ、 彼と私は彼のナナハンに乗って、ドライブを楽しんだ。 その時、山の川で、手を繋いだ。 その時、彼は私に「結婚しよう!」と言った。 私はうなずいた。 その時、彼は高校3年生だった。 彼は、サッカーもしていたけど、油絵を描いていた。 私が送った写真を元に私の絵を書いていた。 彼の家には彼のアトリエがあった。 それからも文通が続いた。 彼は、絵の勉強がしたくて、アメリカの大学に行くことになった。 その時の手紙の内容は、 「僕はアメリカに行く。画家で成功するかどうかわからない。絵で成功するまでアメリカにいるつもり。いつ帰ってくるかわからない。それまで、君も色んな人との出逢いがあると思う。 こんな僕のために、待っていてくれなんて言えない・・・」というような、別れの手紙が届いた。 私は、すぐに返事を書いた。 ずっと待っていると・・・・・。 しかし、その手紙をどうしてもポストの投函することが出来なかった。 彼に、重荷を感じさせることが辛かったから。 その手紙を書いた彼は、本心でもう別れたいと思ったのか。 本当に私の事を思って書いたのか、今となっては、わからないけど。 若かった私は、どうしてもその手紙を投函することが出来ずに現在に至ってる。 本当に、ピアな恋だった。 彼の喜びが私の喜びだった。 彼の意見を尊重したいという思い。 与える愛だったように思う。 決して、求める愛ではなかった。 何一つ求めなかったから・・・。 それは、お互いだったと思う。 最後まで嫌われたくないという気持ちがあったからだと思う。 しかし、今思えば、アメリカで夢を叶えるために頑張って! と。手紙を送れば良かったと、それだけが後悔である。 今だったら、書けるのに・・・・・。 それを機会に、手紙を全て、処分した。 未練を残したくなかったから。 今頃彼は、どんな生活をしているのだろうか? 時々思い出すことがある。 初恋っていつまでも忘れることがないよね。 大人になった今、会ってみたい気もする。 しかし、捨てた手紙・・・住所もわからない。 きっと、結婚して幸せに過ごしていることを想像する。 幸せであってほしい.... |
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